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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)10733号 判決

原告

友定孝行

ほか一名

被告

浅田力

主文

一  被告は原告友定孝行に対し、金七八七〇万五九三〇円及びこれに対する平成四年一〇月一五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告友定孝行のその余の請求を棄却する。

三  原告友定水穗の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの、その余を被告の負担とする。

五  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は原告友定孝行に対し、金一億三二九九万〇五一四円及びこれに対する平成四年一〇月一五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告友定水穗に対し、金三三〇万円及びこれに対する平成四年一〇月一五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交差点における直進自動二輪車と右折普通貨物自動車の衝突事故に関し、自動二輪車の運転者たる原告友定孝行(以下「原告孝行」という。)が民法七〇九条、自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告孝行の妻たる原告友定水穗(以下「原告水穗」という)が民法七〇九条、七一一条、自動車損害賠償保障法三条に基づいて、普通貨物自動車の運転者に対し損害の賠償を求めた事案であり、後遺障害の程度を巡つて争われた。

一  争いのない事実

1  事故の発生

(一) 日時 平成四年一〇月一五日午前九時三〇分頃

(二) 場所 大阪府柏原市本郷五丁目八番一二号先交差点(以下「本件交差点」という)

(三) 関係車両 被告運転の普通貨物自動車(和泉四〇ふ七八一四号、以下「被告車」という)

原告孝行運転の自動二輪車(大阪き三九二二号、以下「原告車」という)

(四) 事故態様 本件交差点において直進中の原告車と右折中の被告車が衝突した(以下「本件事故」という)。

2  原告孝行の負傷

原告孝行は、本件事故によつて、右大腿骨頸部内側骨折、右下腿骨開放骨折、右肩甲骨骨折等の傷害を負つた。

3  被告の責任原因

(一) 被告は、原告車の動静に十分注意を払わずに右折しようとした過失がある。

(二) 被告は被告車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者にあたる。

4  自動車保険料率算定会の認定

自動車保険料率算定会は、原告孝行の後遺障害は自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害別等級表(以下単に「等級表」という)四級に該当すると認定した。

5  損害の填補

原告孝行は三八七三万七〇一〇円の損害の填補を受けている。

二  争点

1  過失相殺

(被告の主張の要旨)

原告孝行には、右折車の存在及び動静に十分の注意を払わずに交差点に進入した過失があり、少なくとも二割の過失相殺がなされるべきである。

2  原告孝行の後遺障害の程度

(原告孝行の主張の要旨)

原告孝行は本件事故により、右下肢を足関節以上で失つたという等級表五級五号の障害と右股関節の用を廃したという等級表八級七号の後遺障害、併合三級に相当する障害を残し、その労働能力の一〇〇パーセントを喪失した。

(被告の主張の要旨)

下肢を足関節以上で失つたという障害と股関節の障害は、いずれも右下肢に生じた障害であり、右下肢の機能を一体として見れば、前者を等級表五級五号と評価すれば後者による機能低下もこれに含まれると解されるので、原告孝行の下肢の障害は五級相当にとどまる。そして、骨盤骨の変形はその労働能力に影響を及ぼさないから、原告孝行の労働能力喪失割合は七九パーセントである。

3  損害額全般

(原告孝行の主張額)

(一) 治療関係費(文書費、装具代、治療器具代を含む) 三三八万六五七七円

(二) 入院雑費 一八三万四五〇〇円

計算式 一五〇〇円×一二二三日=一八三万四五〇〇円

(三) 入院付添費 九四万二〇〇〇円

計算式 六〇〇〇円×一五七日=九四万二〇〇〇円

(四) 将来の義足代 九九万〇八〇五円

(五) 眼鏡代 二万九九七三円

(六) 保育料 五〇万四二〇〇円

(七) 休業損害 一九〇六万九〇一六円

原告孝行は事故当時五六九万一〇〇〇円の年収を得ていたところ、本件事故により、入院期間中である一二二三日間の休業を余儀なくされた。そこで、その休業損害は右金額となる。

計算式 五六九万一〇〇〇円÷三六五日=一万五五九二円

一万五五九二円×一二二三日=一九〇六万九〇一六円

(八) 逸失利益 一億〇九一七万〇四五三円

計算式 五六九万一〇〇〇円×一九・一八三=一億〇九一七万〇四五三円

(九) 入院慰謝料 六〇〇万円

(一〇) 後遺障害慰藉料 一七〇〇万円

(一一) 車両物損 八〇万円

よつて、原告孝行は被告に対し、(一)ないし(二)の合計一億五九七二万七五二四円から前記損害填補額三八七三万七〇一〇円を差し引いた一億二〇九九万〇五一四円に(一二)相当弁護士費用一二〇〇万円を加えた総計一億三二九九万〇五一四円及びこれに対する本件事故日である平成四年一〇月一五日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(原告水穗の損害)

(一三) 慰謝料 三〇〇万円

(一四) 弁護士費用 三〇万円

よつて、原告水穗は被告に対し、右合計金額三三〇万円及びこれに対する本件事故日たる平成四年一〇月一五日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告の主張)

(一)、(四)、(五)、(一一)は認め、その余の損害の主張は争う。

第三争点に対する判断

一  争点1(過失相殺)について

1  認定事実

証拠(甲一四の1ないし10、乙一、原告孝行本人)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。

(一) 本件事故は、別紙図面のとおり、片側二車線で、車道の幅員約一四メートルの(以下のメートル表示はいずれも約である)南北に延びるほぼ直線の道路(以下「第一道路」という)と第一道路に東から突き当たる道路(以下「第二道路」という)と西から突き当たる道路によつてできた変形交差点におけるものである。本件交差点は市街地にあり、信号機によつて交通整理がなされており、第一道路を走行してくる車両からの前方の見通しは良い。

第一道路の交通量は頻繁であり、最高制限速度は時速五〇キロメートルである。

(二) 被告は本件交差点で右折すべく、第一道路の右折専用車線を北進し、〈1〉付近で減速し右折指示器を出して、三三メートル進行した〈2〉において、一時停止し、五三メートル前方のアに原告車が進行しているのを認めたが、先に右折できるものと思い、対面青信号で発進し、時速五、六キロメートルの低速度で三・八メートル進行した〈3〉において、原告車が一三・四メートル前方のイまで進行してきているのを認め、急制動をかけたが、〈3〉から一・一メートル進行した〈4〉において、ウの原告車と衝突した(衝突地点は×)。被告車は〈5〉に停止し、他方原告車はエに原告孝行はオにそれぞれ転倒した。

(三) 他方、原告孝行は時速約五〇キロメートルの速度で第一道路の第一車線を南進し、対面青信号で本件交差点に進入し、ウまで達した際被告車と衝突した。

2  判断

被告は、右折するに当たつては、直進車の速度とその間の距離に充分注意を払い、自車の速度から右折可能かどうか適切な判断をなすべき注意義務があるのに、これを怠つた過失がある。他方、被告車が右折の合図を出した時点において、原告車と被告車との間には相当の距離があつたから、原告孝行にも被告車に対する動静不注視の過失があつたことが推認できる。

右過失の内容を対比し、本件道路状況、自動車対自動二輪車の事故であることを考え併せた場合、その過失割合は原告孝行が二に対し被告が八であるとするのが相当である。

二  争点2(原告孝行の後遺障害の程度)について

1  認定事実

証拠(甲三の1、2、四の1、2、五の1ないし17、六、一一、一二、一三の1、2、二七ないし三一、三二の1、2、原告孝行本人、原告水穗本人)によれば次の各事実を認めることができる。

(一) 原告孝行の負傷及び入院状況

原告孝行(昭和三六年一二月一一日生、当時三〇歳)は、本件事故により、右大腿骨頸部内側骨折、右下腿骨開放性粉砕骨折、右肩甲骨骨折、右下肢の動脈断裂等の傷害を負い、

(1) 本件事故日である平成四年一〇月一五日から平成五年一月一八日まで、近畿大学医学部附属病院に入院、

(2) 平成五年一月一八日から平成八年二月二一日まで、泉北記念病院に入院した。

(二) 症状の推移

原告孝行は事故日から一週間余、集中治療室に収容され、重篤状態であつた。その後、入院期間中、合計数回に亘る腸骨から採骨しこれを右下腿に移植する手術、右股関節の人工骨頭手術を受けたが、右下腿開放性骨折部位から脛骨の慢性骨髄炎を起こし、平成七年五月二六日、右下腿の足関節上部からの切断手術を受けることを余儀なくされた。

また、平成四年一〇月三〇日の人工骨頭手術を受けた後、二年余りを経過してから、股関節部分の骨と人工骨との間に緩みが生じ、手術後の経過は不良である。

人工骨頭の再手術は必ずしも容易ではない。

(三) 症状固定(特に甲二、三一)

原告孝行は、平成八年二月二一日、症状固定の診断を受け、泉北記念病院医師喜多寛作成の後遺障害診断書(甲二)によれば、右膝下から切断欠損(右下肢長五九センチメートル、左下肢長八七センチメートル)、右大腿骨頭が人工骨頭となり、人工骨頭置換手術後において中心性脱臼、並びにステム遠位部の外側骨皮質外への突出が認められる。右股関節に可動域制限があり、左屈曲が自動一二〇度(他動一二〇度、以下( )内に他動値を示す)に対し、右屈曲が八〇度(九〇度)、左伸展が〇度(〇度)に対し右伸展が一〇度(一〇度)となつており、それぞれ最大可動域で疼痛が生じる。

歩行には両松葉杖を要し、連続歩行は三〇分程度が限界であるとの指摘がある。

また同医師は、平成九年二月一九日付け意見書において「右股関節部の人工骨頭は骨盤骨の側にも、大腿骨の側にも緩みを生じている。右下肢に体重がかかることにより、股関節部・大腿部の疼痛の増強、骨盤・大腿骨の骨折が生じる危険があり、右股関節以下に体重をかけることはほとんどできない。右股関節は、支持機能を失つた状況にある。」としている。

(四) 本人の訴え(特に原告孝行本人)

原告孝行は本人尋問において、「股関節に体重がかけられず、同部位の疼痛も大きい。歩行に両松葉杖を要し、長時間の歩行はできない。」と訴えている。

(五) 自動車保険料率算定会の認定(特に甲一三の1、2)

自動車保険料率算定会は、原告孝行は右下肢を足関節以上で失つたという等級表五級五号の障害と右股関節の用を廃したという等級表八級七号の障害が存するが、右下肢を膝関節以上で失つたものに達しないので五級相当であり、これと骨盤骨の変形による等級表一二級五号の後遺障害と併せると原告孝行の後遺障害は等級表四級相当であるとの判断をなしている。

2  判断

原告孝行の右下肢の欠損は足関節以上膝関節以下の欠損ではあるが、右股関節は人工骨頭となり、その術後の経過も芳しいものではなく、現在において、中心性脱臼が認められ、体重を支える股関節としての役割をほとんど廃しており、歩行には両松葉杖を要すること、歩行時間も限られていることからすれば、原告孝行の右下肢の障害は、等級表五級五号にとどまるものではなく、四級五号に準じるものと考えられる。

なお、採骨によつて生じた腸骨の変形はその労働能力に影響を及ぼさない(この点は原告もこれを争つていない)。

三  争点2(損害額全般)について

1  治療関係費(文書費、装具及び治療器具代を含む) 三三八万六五七七円(主張同額、争いがない)

2  入院雑費 一四六万七六〇〇円(主張一八三万四五〇〇円)

原告孝行は少なくとも原告ら主張の一二二三日間入院し、一日あたりの入院雑費は一二〇〇円と見るのが相当であるから総額は一四六万七六〇〇円(一二〇〇円×一二二三日)となる。

3  入院付添費 三七万二〇〇〇円(主張九四万二〇〇〇円)

証拠(甲五の1、2、原告孝行本人、原告水穗本人)によれば、原告水穗は前記入院期間の内、当初一年間は連日入院付添をなしたこと、平成五年一月一八日から同年三月一日まで及び同年六月二日から同月二〇日までの間、入院付添を要したことが認められる。付添費は、原告孝行の症状が重かつたこと、その間子供が保育所に預けられ保育料の出費を要したこと(甲一八の1ないし3)を考え、一日当たり六〇〇〇円と見るのが相当であるから総額は三七万二〇〇〇円(六〇〇〇円×六二日)となる。右要付添期間以外にも原告水穗が入院付添をなしたことは、入院慰謝料の加算要素として考慮する。

4  将来の義足代 九九万〇八〇五円(主張同額、争いがない)

5  眼鏡代 二万九九七三円(主張同額、争いがない)

6  保育料 〇円(主張五〇万四二〇〇円)

入院付添費の算定に当たり斟酌済みである。

7  休業損害 一九〇六万八七四七円(主張一九〇六万九〇一六円)

証拠(甲一五、一六、原告孝行本人)によれば、原告孝行は株式会社八尾カワサキに店長として勤務し、オートバイの販売及び修理の仕事をしていたこと、五六九万一〇〇〇円の年収を得ていたこと、本件事故により、入院期間中である一二二三日間の休業を余儀なくされたことが認められる。そこで、その休業損害は右金額となる。

計算式 五六九万一〇〇〇円÷三六五日×一二二三日=一九〇六万八七四七円

(円未満切捨・以下同様)

8  逸失利益 九三六八万七九七三円(主張一億〇九一七万〇四五三円)

前記認定の原告孝行の障害の部位、程度、職業、性別、年齢等を総合し、自賠及び労災実務上等級表四級の労働能力喪失率が九二パーセントと取り扱われていることは当裁判所に顕著であることからみて、原告孝行は本件事故による後遺障害によつてその労働能力の九二パーセントを喪失し、これは生涯継続するものと認められる。前記年収を基礎に、就労可能年齢を六七歳としてホフマン方式によりその逸失利益の事故時の現価を算定すると左記金額が求められる。

計算式 五六九万一〇〇〇円×〇・九二×{(二〇・六二五(事故時三〇歳から六七歳までの三七年に対応するホフマン係数)-二・七三一(事故時から症状固定日までの三年に対応するホフマン係数)}=九三六八万七九七三円

9  入院慰謝料 四五〇万円(主張六〇〇万円)

原告の傷害の部位・内容・程度、入院期間・状況、付添状況に鑑み、右金額をもつて慰謝するのが相当である。

10  後遺障害慰謝料 一五〇〇万円(主張一七〇〇万)

原告の後遺障害の内容、程度からみて、右金額をもつて慰謝するのが相当である。

11  車両物損 八〇万円 (主張同額、争いがない)

12  原告水穗の慰謝料 〇円(主張三〇〇万円)

原告孝行の障害は前記のように重いものではあるが、これによつて死亡に比肩するほどの精神的苦痛を蒙つたと言うことはできないから原告水穗の慰謝料請求は認められない。

第四賠償額の算定

一  損害総額

第三の三の合計は一億三九三〇万三六七五円である。

二  過失割合

一の金額に第三の一認定の被告の過失割合八割を乗じると一億一一四四万二九四〇円となる。

三  損害の填補

二の金額から第二の一5損害填補額三八七三万七〇一〇円を差し引くと七二七〇万五九三〇円となる。

四  弁護士費用

三の金額、事案の難易、請求額その他諸般の事情を考慮して、原告孝行が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして被告が負担すべき金額は六〇〇万円と認められる。

五  結論

よつて、原告孝行の請求は、三、四の合計七八七〇万五九三〇円及びこれに対する本件事故日である平成四年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。原告水穗の請求は理由がないのでこれを棄却する。

(裁判官 樋口英明)

現場見取図

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